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酔眼教師の乱雑日記

マーケティング・コミュニケーションの転換

マーケティング・コミュニケーション・システムの転換
――ホーム生活業態OBSを事例としてーー


1.  消費者から生活者への視点の転換

「消費者は王様である」と言いながら、消費者をプロダクト・アウトされた商品・サービスの受け手の「外生変数」として位置づけ、企業はマーケティングを展開してきた。しかし、近年、4P を中心とするマーケティングが消費者に受け入れられなくなってきている。これは、消費者の生活文化度 が高度成長期のような大量生産・大量消費といった「安定型生活文化度」レベルから、消費者が自己表現や自己実現といった社会心理的な欲求を表面にだす「エンジョイ型生活文化度」レベルへ移行していることによる。
このような変化に対応するためには、企業側は消費者に対する認識と位置づけの変更をしなければならない。消費者を企業の商品の買い手としての操作対象としてみるのではなく、企業と対等の資格のもとで、市場に参加し、企業のマーケティング行動の変容に対して積極的に影響する「組織された行動体系(Organized Behavior System:以下では、OBSとする)」としての「生活者」として認識しなければならない。
OBS概念はオルダ―ソンによって提唱されたものであり 、人間を構成要素とし、人間の行動を媒介として構成諸要素が関連づけられ、個人が独自で活動するよりも、その体系に参加するほうがより大きい利益を得られるという「期待」によって構成要素が結びついている体系であり、その代表的な類型として「企業」と「家計」をあげている。消費者は組織されて家計になり、家計を1つの経済活動単位として生活を営んでいる。家計は1つのOBSであり、その操作活動 を通じて、企業と双方向の行動関係をもつのである。
マーケティング活動の対象としての消費者と生活者の相違についての理論的解明は始まったばかりであるが、その主な相違点は次のようにいえるであろう 。
第1に、消費者は売買取引による購買行動に重点が置かれている経済活動のなかの行為者としての把握であるのに対し、生活者は経済のみならず、社会・文化システムのなかの行為者であり、自分の価値観や選好にもとづいて生活文化を構築する「生活文化の担い手」として把握しなければならない。
第2に、消費者は商品の購買行動に重点をおくが、生活者は商品の購買から廃棄までの全過程とくに使用行動に重点をおく。生活者の関心は商品を購入することにあるのではなく、それを使ってどのような生活を送ることができるかにある。
第3に、消費者はブランドと単一品種を購入し生活に取り入れようとするが、生活者は4つの生活空間 に対応した商品群の有機的な取り揃えに重点をおき、期待する生活空間の実現をめざすのである。
第4に、消費者は多くの人に共通的なゼネラル・ニーズの充足を目指すものとして考えられているが、生活者は自分固有の生活空間を満たすためのスペシャリティ・ニーズの充足を目指している。
第5に、消費者は競争製品との対比におけるその製品の機能・品質・ベネフィットに評価の基準をおくが、生活者は製品間のベネフィットの組み合わせについての期待と実績(成果)の差に評価基準をおく。
以上のように、生活者は特定の単一品種の買い手ではなく、生活構造、生活局面、特定商品の使用という3つのレベルからなる生活システムの階層構造を持っており、この階層構造全体との関連において、商品やサービスを評価し、選択・購買行動を起すのである 。そのために、企業は購買過程だけでなく、ターゲットとする消費者の生活システムの階層構造の全体を把握し、生活者に翻訳し直して、マーケティング戦略を構築しなくてはならない。
そのためには、従来のマーケティングが重視した「商品取引」的行動文脈から、これからのマーケティングは生活者の生活階層構造把握のためにも、生活者OBSと企業OBSとの「情報取引」的行動文脈へと移行しなければならない。このようなマーケティングは次世代マーケティングと呼ぶことができよう 。
次世代マーケティングでは、生活者OBSは企業が送り出すコミュニケーション戦略と双方向に対応し、その後で、商品供給がロジスティックス戦略を通じって行なわれるのである。つまり、次世代マーケティングにおいては、コミュニケーション戦略とロジスティックス戦略が中核的戦略となるが、ロジスティックス戦略はある程度の期間の優位性をうみだすものの、いずれは模倣されてその優位性を失う 。そこで、従来のマーケティングでは脇役であったコミュニケーション戦略が、次世代マーケティングでは主役の位置に移動することになる。しかし、消費者から生活者への位置づけが変化するにつれて、生活者一人一人とコミュニケーションする必要が生まれ、従来の一方向性のコミュニケーション方法であるマスメディア依存型ではなく、双方向型のコミュニケーションが求められるようになり、また、それを可能とするメディア・システムが創り出されている。
双方向コミュニケーション・システムとは、企業と消費者の双方で情報を交換することである。企業は生活者がどのような情報をもっているかを知らなければならないし、また、逆に、生活者がどんな情報を望んでいるかが企業に伝わるシステムも必要である。多くの分野で、このタイプの双方向コミュニケーションが出現し、いわゆる「リレーションシップ・マーケティング」が誕生している。リレーションシップによって、企業は生活者になかに、「企業イメージとブランド・イメージ」を形成し、それを「ブランド・ロイヤリティ」まで高め、長期的な良好な関係を作り上げることによって、双方に価値のある情報や商品の交換を可能にすることが出来るのである 。

2.  統合型マーケティング・コミュニケーションの必要性

次世代のマーケティングの中心はコミュニケーション戦略におかれることは既に述べた。他のマーケティング・ファクターは時間的経過とともに類似性・模倣性が高まるために、コミュニケーション戦略だけが持続的に差別的優位性を生みだし、競争優位のポジションを獲得することが出来るのである。
しかし、従来のメディア・ミックスやマーケティング・ミックスは、情報の送り手から最適化を図るものであり、組織内の宣伝部、営業部、広報部などの各部署が独自に情報を発信してきた。そのような機能別のコミュニケーション体制では、それぞれが生活者に対して発するメッセージの整合性がとれない 。1つの企業が発信する情報に齟齬があると、生活者に混乱を生じさせるだけである。
生活者は毎日多数のメディアに接触し、メッセージを受け取っている。生活者は情報を平面的に消化し、受け取る情報を広告、パブリック・リレーション、セールス・プロモーションなどと区別せず、頭の中で統合する。そこで、企業は統一されたメッセージを送り続けることによって、生活者の意識のなかに、イメージを植え付けることができるのである。これからは、情報の受け手である生活者の立場からみて最適なメッセージを伝達する方法が必要になってくる。
1990年代に入って、アメリカでは統合型マーケティング・コミュニケーション(Integrated Marketing Communication:以下IMCとする)の考え方が登場している。ドン・シュルツは「IMCは、消費者とのブランドや企業などのすべての接点をメッセージを伝達するチャネルと考え、ターゲットの購買行動に直接影響を与えることを目的とする。消費者から出発し、あらゆる手法を駆使して、説得力のあるコミュニケーションを実践するプロセスである」 と定義している。
この定義に従うならば、企業自体および企業のあらゆる活動がコミュニケーション手段になる。そこで、シュルツらは、図表2のようなマーケティング・コミュニケーションの連続性を示している。商品開発から流通、購入、そして使用に至るまで、生活者との様々な形態のコミュニケーションが連続的に存在するのである。このプロセスのなかで、一貫性のあるメッセージが伝達されていかなくてはならない。
最適なコミュニケーションとは、マーケティング活動あるいは企業活動全般を視野に入れた方策であり、生活者の立場から、企業のあらゆる活動をコミュニケーション活動として認識し、統一されたメッセージを発信しつづけることがIMC戦略である。
次節以下では、4つの生活空間のうちで、生活者の関与度が他の生活空間に比べて低いと考えられるホーム生活業態OBS を取り上げて、その分野の広告コミュニケーションとIMC戦略について考えてみたい。

3.ホーム生活業態OBSの広告コミュニケーションについて

3-1 ホーム生活業態OBSの環境と変化
この節では「ホーム」という家庭内の生活空間という第3の皮膚に関連する生活カテゴリー商品群の次世代の広告コミュニケーションについて、具体的事例 を交えながら考えたい。
比較的購買頻度の高い商品群を扱う他の3つの生活業態OBSにおける広告コミュニケーションはブランド・アイデンティティを強化し、ブランドの資産価値を高める役目がある。そのブランドの資産価値の高さが、生活者のそのブランドに対するロイヤルティの高さになり、競争優位性を高めることになる。ホーム&オフィス生活業態OBSが扱う商品群の中にも、購買頻度の高い商品群もあるが、それら商品群の広告コミュニケーションは他の生活業態のそれと類似しているので、ここでは、購買頻度の低い商品群の広告コミュニケーションに焦点をあてて検討してみよう。
ホーム生活業態OBSはホーム・インプルーブメント市場と呼ばれる建築資材を中心としたハード商品を扱う分野と、ホーム・ファッション市場もしくはホーム・ファーニシング市場と呼ばれるインテリアや家具といった家庭内装飾品を扱う分野によって構成されている。
欧州から「うさぎ小屋に住む、働き中毒」と揶揄されたのは1979年のことであった。当時、日本人はマイホームを持つことが夢であり、家を所有することに価値を見出し、その内部の快適性や使勝手などは二の次であったといえる。それから20年が経ち、その当時に取得した住まいも老朽化し、綻びができてきていること、子供の成長に従い家族構成が変わってきたこと、ライフスタイルも変化したこと、阪神大震災の経験による安全性や耐震性への欲求が高まったこと、20年前にはなかった住空間を快適にする商品が、生活者の潜在需要を背景に、メーカーによって開発されてきたことなどによって、立替えやリフォームの需要が高まりを見せている。
また、バブル経済崩壊後は、家庭回帰現象が顕著になり、家で過ごす時間が増加しており、家を安全で快適で健康的で、家族・友人と交流する生活空間として見直す傾向が強くなっている。日経産業消費研究所が97年10月に首都圏で行なった調査結果をみると、「家族とすごす時間をもっと増やしたい」という割合は61.1%にのぼっている。また、「家の中をもっと快適にしたい」かという質問に対しては「あてはまる」36.7%、「まああてはまる」45.4%と実に82%の人が住居に快適志向を持っている 。
このような傾向は、米国におけるバブル崩壊後の生活変化と酷似している。91年4月のタイムに以下のような記事が掲載されている 。
「トレンドや物質主義にうんざりした米国人は、家庭の楽しみやベーシックな価値や長続きする物を再発見しだした。いま米国では質素革命が進行している。彼らは不況を“生活を改めよ”という警告だととらえ、その7割が“リラックスした人生を送りたい”と答えている。彼らの趣味や生活態度をスケールダウンすることは必要に迫られた美徳だ。これまでの彼らの支出は共稼ぎと借金に支えられたものだった。80年代の消費の中心だったベビーブーム世代は、いまや年老いた両親を介護し、ファッションやフィットネスの代わりに自分の引退を考える年になった。」
このような消費者の価値観の変化に伴い、米国ではホームデッカー業界の伸びが著しい 。ホームデッカーとは、生活者の立場から、ホーム・インプルーブメント業態OBSが事業展開しているホームデコ分野と総合ディスカウンターやホーム関連業界が事業展開しているホーム・ファニシングの分野を統合したものである。たとえば、ホームデポの「エキスポデザインセンター」のようにインプルーブメント業態においてもホームデコ分野の商品であるシステム家具や装飾品を扱うなど、ホームデッカーに対応した業態が開発されつつある。ホームデッカーの展開のポイントはファッション性とコーディネションの要素を満たすことといわれ、店内にキッチン・バスなどの核カテゴリーを展開するだけでなく、照明・フレームアート・アクセサリーのような周辺商品がコーディネートされて提供されている。ウオールマートとホームデポがその代表であり、ベッド・バス&ビヨンド、リネンシングス、ピアワンなども急成長している。今後、日本でも生活者の住環境への認識の高まりと共に、この業態開発が進められ、発展すると考えられる。
ただ米国の場合、開拓時代から生活者が自分のライフスタイルに合わせて、自ら家を造り、またリフォームする習慣がある。現在でも、生活者はホームセンターで必要な物をすべて購入して段階的に作業をするし、素人でも簡単に施行できるように、商品が揃えられている。その歴史の中で、製品の規格も統一され、標準化されているが、日本では規格の統一化が進んでいない。また、一生の間に、そのライフ・サイクルや社会的地位の変化により、平均で8回程度の住み替えを行なっており 、それだけ、自分の住環境について考える機会を持つことになり、現在の住環境と期待する住環境のギャップを埋める機会も多くなる。
一方、日本では早くから分業社会が成立しており、家造りやリフォームに関しては意見と希望を建築・施工業者に伝えるだけで、後は彼らに依存してきた。一度居を構えると一生の住み処とすることが多く、自らが関与するのはホーム・ファッションの分野が中心であった。それも、単品ごとに購入してきたために、全体に統一感がない生活空間が作り出されてきた。しかし、最近のガーデニングへの関心の高さに象徴されるように、生活者も快適空間づくりへの意欲の高めている。
このような背景をもとに、ホーム生活業態の広告コミュニケーションについて考えてみよう。広告コミュニケーションは生活者と企業の相互関係として捉えなくてはならない。その相互作用を通じて、生活者が認知している生活ギャップ(生活上の不満)を企業が提示する解決策で充足することによって、双方の価値を長期的に高めうる問題解決満足をつくることができるのであり 、その活動の中心が広告コミュニケーションである。
ホーム生活空間に関しては、生活者はギャップを認識しながらも、空間的制約や価格問題もあり、購買頻度が低いために、購買経験が少なく、問題解決の具体的方法や製品についての情報収集や知識が不足していた。
そのために、企業側は「問題解決型情報」や一歩進んだ「生活提案型情報」を提供することを中心として、コミュニケーション活動を行なう。日本では、建築・施工業者が介在することが多いので、そのコミュニケーションフローにはメーカー⇔⇔生活者、メーカー⇔⇔建築・施工業者⇔⇔生活者という2つの流れが存在するが、この節では、前者の流れを中心に話を進める。
たとえば、従来の住宅メーカーの広告訴求点は外観・プラン(間取り)・商品名という要素を題材にしたものが圧倒的に多かった。
ミサワホームは新しく開発された地球環境にやさしい木素材「Mウッド」を採用し、「GENIUS 蔵のある家」のネーミングで、生活者が住居に関して持っている一番の不満である収納スペース不足に対して、蔵という大きな収納空間を備えていることことを訴求するとともに、1000人を対象に実際の生活シーンに関するアンケートを実施し、それをベースに40点にのぼる生活シーンの写真を新聞に掲載し、生活者が頭で考える理想的住環境と、現実に生活する住環境のギャップを明らかにしている。これを営業マンのツールとして配布・活用し、良好な販売成績を上げている 。
また、生活者自らがエクステリア、内装、インテリア、設備などの全体をコーディネートしたイメージとして創造することは難しい。そこで、住友林業は昨年10月からSIAT(SUMITOMO FORESTRY IMEGE ASSISUT TABLE)システムを開発し、生活者の住まいのイメージをビジュアルに具現化するためのサポートを始めている。シンプル派とドレッシー派という感性軸を中心に、「住空間イメージ」・「カラー」・「素材」・「デザイン」の4つの要素を順次選択していくことによって、生活者がイメージしたコーディネートされた住空間を知ることが出来る。現時点では、感性軸や要素の選択肢が限られているが、これから、生活者との双方向コミュニケーションのデータを蓄積し、多様な軸と要素が用意されることによって、生活者の希望する住空間創造に役立つシステムになると考えられる。
ホーム・インプルーブメント分野においても、マス・メディアを使っての商品広告がブランド認識を効率的に確保できる最も戦略的手段である。製品の存在が知られ、生活者の認識の対象として特定化されることが、その後のマーケティング的展開の出発点である 。マス・メディアの訴求と同時に、認識の強度を強めるコミュニケーション展開には口頭でのコミュニケーションが最適であり 、その役割を果たすのが、ショールームと展示場である。それらが小売店舗の役割をはたしており、そこにおける双方向的コミュニケーションとトータライズされた空間を提案するディスプレイによって、生活者が認知している生活ギャップを解消し、期待する住空間を体験してもらうことによって、購買へと連動することになる。そこで、マス・メディアの訴求メッセージにおいても、機能訴求や価値訴求とともに、ショールームや展示場への誘導を図っているものが多く見られる。
また、購買決定までのイメージづくり、設備選択、トータルチェックなどのプロセスにおいてショールームをサポートするものとして、カタログが重要な役割を果たしているのもこの業態の特徴である。次節では、具体的な事例をとおして、この生活業態OBSの広告コミュニケーションを考えてみよう。

3-2 ホームインプルーブメントカテゴリーの広告コミュニケーション
3-2-1 ブランド・アイデンティティとメッセジ・シナジー
ホーム・インプルーブメント分野で、高いマーケット・シェアを持ち、強力なポジショニングを持っているTOTO、INAXの2社を事例として取り上げ、両企業の特色のあるコミュニケーションについて概括することによって、ホーム・インプルーブメント製品の広告コミュニケーションについて検討してみたい。
TOTOとINAXは衛生陶器の分野ではそれぞれ62.9%と25.8%のシェアを占めており 、われわれはトイレを使用するときにはどちらかの企業のロゴマークを目にしていると言っても過言ではない。両企業は昔ご不浄と呼ばれ、家の隅に追いやられていたトイレを快適なパーソナル空間へとイメージ転換させた実績を持っており、優れたマーケティング・コミュニケーション戦略を有している。
また、ユニット・バスの分野では、TOTOが20.5%、INAXが15.6%のシェアを有しているし、現在の占有率は低いものの、TOTOとINAXは高い企業認知率を背景に、システム・キッチンの分野でも特徴のある機能を開発して、専業メーカーのシェアを侵食し始めている。両企業の広告コミュニケーションの特徴ある部分を見てみよう。
(ケース1)INAXの「企業ブランド」の場合
コーポレート・アイデンティティを構築し、生活者に企業ブランドを訴求し、生活者に良好な企業イメージを確立するのに成功したのがINAXである。
1924年創業の伊奈製陶(株)は、創業の精神を尊重しながら、1985年4月に(株)INAXに社名を変更し、同時に,ブランドも新しいものにした。これは当時の社長である伊奈輝三氏の「世の中の変化の方向をつかみ、自社の経営資源を考えて企業の変革を実行しないと、会社は世の中から取り残されてしまい、発展していかない」という考え方による。
製陶業から総合住宅設備機器メーカーへと事業・業容が拡大するにしたがって、一般生活者への事業展開とコミュニケーションが必要になってきたのである。
 生活者が住空間について、「肉体的快適性」から「心理的快適性」を追求し始めると、自ら商品選択への関与を高めだし、工事業者依存型のマーケティングでは対応できなくなり、マーケティングの対象を生活者にまで拡大することになると、企業イメージが重要なファクターとなってくる。
社名・ブランド変更に伴って、VIS(Visual Identity System)の体系化が図られ、名刺・便箋から広告塔まであらゆる媒体がマニュアルにそって展開され、INAXシンボルの訴求がなされた。多種多様な商品や事業はそれぞれのコンセプトに基づきブランドを設定し強調しながらも、つねにINAXブランドとの連動が図られ、INAXの認知率向上の戦略が取られている。現在の企業認知率は約100%に達している。
組織が有効に活動するためには、組織で働く人達がその組織の目的を明確に理解している必要がある。コーポレート・アイデンティティが確立されなくてはならない。企業変革を実現するために、新しい企業理念として「INAX5」が社員とのコミュニケーションを通して制定されている。それを社内情報誌「WILL21NEWS」や「てる・COM」(社長の名前とコミュニケーションの合成語)と命名した社員との交流会など多様な手段を用いて理念の浸透活動が行なわれ、社員の意識改革が図られた。
経営革新を具現化するために、INAXの「X」、未知の「X」に向かって行動する「X戦略」が展開された。設定された主な事業テーマは
(イ)主要商品群で構成される領域であるトイレを美しい場所として、提案し、事業領域に対 する考え方を展開しマーケットを拡大する。
(ロ)よりユーザーに接近するために、トータルサービスを含んだ業態開発を行なう。
(ハ)単品商品発想から脱皮して、そこに生きる人間の暮らし方から発想した空間を都市美・企業美・生活美の領域に分けて提案した第3空間発想を提唱する。
第3空間の提唱は、企業の受け手である人々の暮らし方やその空間を基本として捉えた商品やシステムの提案と開発を行なっていくものであり、プロダクト・マーケティングからコーポレート・マーケティングへの発想転換の具現化、単品製品のデザイン開発から、素材、プロダクト、空間、環境、ライフまでのトータル開発によるソーシャル・バリューの提案、INAXの新しい価値創造企業の戦略的イメージづくりを目指したものである。
こうした事業テーマの中で、INAXの考え方、事業のとらえ方を象徴していたのは、東京赤坂のインテリジェントビルであるアークヒルズの最上階に開設された世界のトイレ・バスプラザXSITE(1986年10月開設)であろう。XSITEは欧米の一流メーカー30社のトイレを展示し、日本人がトイレは暗くじめじめした日陰の存在として考えていたのを、生活上の大切な空間として評価する機会を提供し、日向の存在に引き上げる役割を果たし、その後のトイレのリニューアルブームを引き起こした。企業の情報発信が生活者の価値を変え、住空間への意識を変革させたのである。コミュニケーションとその方法が如何に重要であるかが認識される好例である。XSITEは95年にXSITEHILLとしてリニューアルオープンし、土と水まわりに関わる様々な文化を発信してきたが、本年1月にその役割を終了し閉館した。
現在のINAXの広告コミュニケーションも第3空間の考え方に沿ったものである。製品ブランドではなく、「水まわり」製品全体を対象として、機能・ベネフィットと企業ブランドを訴求する戦略が取られている。
「水まわりまるごと抗菌」を基本メッセージとして、「お手入れカンタン」・「よごれに強い」・「お値段そのまま」というベネフィットを訴えている。媒体は、情報のリーチの広さ、急速な認知、表現の自由さ、社員や流通業者への動機づけ・活性化のために、俳優の佐野史朗を起用したテレビ・スポットが広告全体の大部分を占めている。また、雑誌はターゲット訴求媒体として位置づけ、主婦を対象とするものを活用している。また、一般生活者用のわかりやすいカタログにおいても、テレビスポットと同様のメッセージが訴求されている。
(ケース2)TOTOの「ニューレガセス」の場合
衛生陶器の分野で圧倒的シェアを誇るTOTOが、従来のように専業メーカーの部品を集めて製品化を図るアセンブルではなく独自に生活者の意見を取りいれながら開発し、好評を得ているシステム・キッチン「ニューレガセス」のブランド・アイデンティティとメッセージ・シナジーについてみてみよう。
従来のモニター調査やユーザー評価テストを行うのではなく、「ニューレガセス」の開発にあたっては、「主婦の声がキッチンを変える」をキーワードに、雑誌「プラスワン」と共同で、キッチンや料理に感心の高い一般の主婦の参加を求め、「キッチン改善委員会」を組織して、開発現場で月1回の割で、開発担当者から説明を受け、開発中の商品に触れてもらう手法を採用し、最初から最後まで、提案→評価→再提案を繰り返すシステムがとられている。
ただ、主婦の声を直接取り入れるのではなく、その意見の中から、その意味を理解することに重点が置かれている。たとえば、スペースアップシンクの開発過程では「シンクは大きい方がいいというニーズ」があるという前提でつくられた試作品にたいしては、「日本のキッチンは狭い。シンクばかり大きくても使いにくい」という指摘から、使い勝手を考える時、連続する作業の流れのなかでスペースを有効活用するという視点が重要なポイントであることが認識され、スペースアップシンクや埋め込み式のフラットなコンロの開発へとつながっている。
また、リレーションシップ・マーケティングは生活者との共同作業だけで成立するものではない。TOTOは単に部品のアイデアを伝えるのではなく、自社で試作品を作り、それを専業メーカーに持ち込み、双方向のコミュニケーションを図りながら、共同作業で製品開発を行ない、部材を供給する専業メーカーとの関係性を高めている。
「キッチン改善委員会」のミーティングの様子は「プラスワン」誌上に記事として掲載し、開発プロセスから読者に開発途中の製品機能を訴求するとともに、ハウス・プランナーや料理専門家の意見を取りいれながら開発が進められた。その結果生まれたのが3種の神器(フラットクッキング&コンロ、スペースアップシンク、ダブルキャッチフード)をもつ「ニューレガセス」である。ブランド名はイタリア語のなめらかにという意味の「レガータ(legato)」とミセスを組み合わせた造語であり、主婦がなめらかに作業できるようにとの思いを込めたネーミングである。キッチン改善委員会の感想の中から、広告メッセージの「においが髪や洋服にのこらない」も生まれている。
単に、消費者アンケートを取るのではなく、開発過程に生活者を参加させ、現実の使用上の問題点を解決していく手法が取られており、開発に失敗すれば企業イメージが悪くなる危険を伴うことを承知で、その過程を雑誌に掲載し、読者に訴求することによって製品認知を試みている点は評価されるべきであるし、技術優先の製品開発ではなく、生活者視点でのもの作りとして、今後の製品開発に示唆を与えるものである。
このような過程を経て開発された「ニューレガセス」は95年6月の新発売時は、差別化した製品機能を訴求する「見たことがない」というメッセージを中心として、既存のシステム・キッチンとは異なる機能を持った新製品であることを訴求する戦略が取られている。
マスメディアにおいては、テレビ・スポットが採用され、歌舞伎役者の女形役の市川笑也を起用し、3つの新機能とブランド名を訴求している。新聞においても同様の訴求を行なうと共に、ショールームへの誘導を図るために、各地域のショールームのマップを掲載している。半年ごとに、プロモーションのピークを設定し、95年11月、96年6月に同様のプロモーション活動が行なわれている。ピークとピークの間は、各種雑誌に同じメッセージの広告を掲載し、生活者の認知を維持していく方法が取られている。すべての媒体に、市川笑也の女形姿があり、テレビ・スポット想起させ、統一されたメッセージとともに、広告メッセージの一貫性を維持しようとしている。
その結果、1年後にはシステム・キッチンメーカーとしての生活者の認知率は36.6%(6位)から71.4%(2位)にまで高くなり、販売面でも金額ベースで対前年比40%、台数ベース30%の伸びを示している。
しかし、今日では、商品差別化の付加価値の多くは、すぐ競合企業にコピーされてしまい、「先行の利」もCAD/CAMとロボット工学の出現でほぼ消滅してしまう 。このため、他社との差別化の手段として、広告コミュニケーションの役割が重要になる。
96年11月の改良された第2弾の発売時からは、他社製品との差別化をより明確に訴求するために「新発明図鑑」をキー・メッセージとして、新機能をより一層際立たせている。テレビ・スポットでは、市川笑也を継続して起用し、女形が主婦の気持ちを代弁するストーリー性を持たせながら、機能訴求を強化している。新聞・雑誌では、製品ブランドよりもTOTOのシステム・キッチンとして企業ブランドを前面に出し、三種の神器に付加された新機能をあわせて訴求している。これはブランド知覚の記憶側面は、新製品のブランド認知を高めるよりも、生活者の信頼を獲得し、良好な企業イメージを保持している企業ブランドとの関連性で訴求するほうが強化させることができるからである 。
しかし、マスメディアによる訴求やショールームにおける展示だけでは、機能性を充分に伝えることはできない。そこで、ニューレガセスを使って料理作りを体験できる場を造っている。26年前に、本社九州の企業を全国的にPRするために造り、ショールームとして活用していた銀座のTOTO銀座パビリオンをリニューアルした「食の情報館RECIPE」である。
レシピ館はショールームではなく、食文化を追求する情報館として位置づけられており、各種イベント(世界の冷蔵庫展、CINEMA KITCHENなど)、食のライブラリー(レシピーカードコーナーなど)、料理家を講師とする料理教室が開かれ、毎月の来館者は1万名を越えている。料理教室である体験キッチン工房の調理台としてニューレガセスが使われているだけであるが、開講数分前に行なわれる簡単な調理台の機能・特徴の説明は、これからそのシステム・キッチンを使う人への強力なパブリック・リレーションとなっている 。また、社員や施工業者の人たちも、そこを利用することによって、自社製品の機能を実体験することによって、自信を持って販売することが出来るという相乗効果をうみだしている。
3-2-2 ホーム生活業態OBSのIMC戦略
IMC戦略とは企業のあらゆる活動をコミュニケーション活動として認識し、統一されたメッセージを発信することであり、その情報の受け手との間に双方向コミュニケーションが出来たときに、リレーションシップ・マーケティングが成立する。
購買頻度が低い商品群を扱う企業は、生活者マインドの中に良好な企業イメージを形成・維持してもらうためにの継続的コミュニケーションを展開し、購買計画の時点で、企業・ブランドを想起してもらわなくてはならない。それは、企業・商品だけを訴求するだけで得られるものではではないし、それらだけを継続的に訴求し続けることは、コストの無駄になる。企業イメージ向上のためにさまざまな多次元な情報発信活動を行なわなければならない。
その意味で、ホーム・インプルーブメント分野の企業コミュニケーションの特徴は、「文化」への貢献に置かれていることにある。社会に貢献する活動を行なうことによって、生活者の認知を得て、コーポレート・シチズンとしてその存在が認められるのである。INAXは「あの企業は社会に存在する価値のある会社」であるという認識を得ることを目的に行動する。
INAXの文化活動をみると、発祥の地・常滑において、日本六古窯陶の1つである常滑の窯業文化を後世に伝える「窯のある広場・資料館」を運営しており、同じ敷地内に、タイル研究家の山本正之氏が世界から収集した1,000点を越えるタイルを展示し、タイルの歴史を学ぶ場としての「世界のタイル博物館」を昨年オープンしている。主要なショールームには「INAXギャラリー」・「INAXスペース」を設置し、展覧会とそれと関連した講演会やワークショップを定期的に開催しており、「大人のための理科教室」講座や見学会も行われている。
また、銀座にあるINAXア-キプラザ内には直営書店ブックギャラリーを開設し、デザイン・建築・住関連・美術の書籍を販売するとともに、利益追求では作れない書籍を、各種のコンセプトを切り口としてシリーズ化して出版している。
このような文化創造活動を通じて、生活者とのコミュニケーションを図るとともに、社員の文化度を高め、企業文化度を高め、真の環境美創造提供企業を目指している。
「水を生かし、人を愛し、美しさに至る」を企業理念とするTOTOも、すでに紹介した「食の博物館RECIPE」でのコミュニケーション活動をはじめとして、「ギャラリー間(ま)」を開催し、ブックショップTOTOを運営し、同じビルの中に、ライブラリーアクア(LIBURARY AQUA)を設置して、都市・建築・デザイン関係の書籍を約11,000冊、ビデオ、CDなどを収集して、生活者や専門家に開放している。また、TOTO出版では、「都市・人・水」をキーワードとして、建築・都市・デザイン・暮らしと水の関わりに絞った出版活動を続けている。
また、経営理念を具現化したTOTO TECHNICAL CENTERをオープンした。バリアフリーラボ・スぺーシングラボ、タイリング・ホテル・パブリック・ハウジング・ライティングの各スタジオ、最新の映像システムを備えたプレゼンテーションルームを備えた施設である。専門家とTOTOスタッフとが共創する場として造られたものである。バリアフリー・ラボやハウジング・スタジオには、実体験を希望する高齢者や身障者をはじめとして多くの生活者が訪れている。
また、各企業はインターネット上にホームページを設け、会社案内、製品情報、ショールーム情報、文化活動情報、生活情報、プレゼント情報などを提供しており、ツーウエイコミュニケーション手段として重要視している。
松下電工では、バーチャル・ショールームを設け、また、ナイスキッチンオーメイドのセレクトプランのプランニングシートにカウンター部材、デザイン、調理機器、レンジフードなどを選択して空欄に記入してメールで送るだけで、図面と見積もり作成するサービスを行なっている。また、各企業はプレゼントつきキャンペーンを実施し、生活者とのコミュニケーションをとることに成功している。
 今後のワン・ツー・ワン・マーケティングにおける有力なコミュニケーション手段として、各企業が工夫をしていくコミュニケーション領域であると考えられる。



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